
Photo by Drum Corps International
DCIは、非対称ドリル(アシンメトリカル・ドリル)の先駆者として知られるピート・エモンズさんの逝去を伝えた。ピート・エモンズさんは80歳で亡くなった。
ピートさんは、競技ドラムコーのビジュアル表現を大きく変えた人物のひとり。長く続いていたシンメトリー中心のマーチングから、より振付的で、左右非対称のドリルへと流れを広げていった存在として紹介されている。
ドラムコーでの歩みは、1958年のトゥルーパーズから始まった。ホーンラインのメンバーとして活動した後、1962年から1966年まではドラムメジャーを務めている。
その後、1967年にアナハイム・キングスメンで指導を行い、そこからサンタクララ・バンガードへ。ゲイル・ロイヤーの音楽、フレッド・サンフォードのパーカッションとともに、ピートさんのビジュアルデザインがサンタクララ・バンガードのショーを支えていく。
当時のドラムコーは、軍隊的なルーツを色濃く残し、50ヤードラインを中心に左右対称のフォーメーションを作ることが多かった。ピートさんはそこに、より振付的な動きや非対称のドリルフォームを持ち込み、フィールド上の見え方を大きく変えていった。
DCI公式ニュースでは、1980年のサンタクララ・バンガードにおけるドリルが、その変化を象徴するものとして紹介されている。単に左右対称の形をずらすのではなく、非対称そのものを表現として使う方向へ進んだことが、大きな転換点となった。
また、サンタクララ・バンガードを象徴する名場面「Bottle Dance」にも関わった。1973年に披露されたこの場面は、カラーガードが腕を組み、膝をついた状態で前進する独特の動きで、現在でもドラムコー史に残る名場面のひとつとして語られている。
ピートさんは演劇の経験もあり、1976年から1978年にかけてはPBSで放送されたDCIチャンピオンシップ中継で解説や進行も務めた。その後、1980年代にはフリーランサーズにも関わり、1988年からはブルーデビルズに参加。コーマネージャー、ツアーディレクター、スペシャルイベントコーディネーター、ディレクター補佐、ドリルデザイナー、マーチングインストラクターなど、幅広い役割でコーを支えた。
1989年にはDCI Hall of Fame入り。さらにサンタクララ・バンガードやトゥルーパーズなど、複数のHall of Fameにも名を連ねている。ブルーデビルズでは2016年シーズン後まで活動し、その後は故郷ワイオミング州で過ごしたという。
非対称ドリルという考え方は、現在のドラムコーでは当たり前のように使われている。しかし、その当たり前を作るまでには、誰かがそれまでの常識を越えていく必要があった。ピート・エモンズさんの仕事は、現在のDCIのフィールド表現にも大きくつながっている。
※本記事はDCI公式ニュース(2026年5月29日)をもとにまとめています。
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