
Photo by Drum Corps International
複雑なドリルを描くには、メンバー一人ひとりの位置や移動を緻密に計算する必要がある。しかし、数学的に正しいだけでは、音楽が見えるドリルにはならない。正確に設計された形が自然に流れ、音楽とともに動き、観客の感情へ届くことで、初めてひとつの作品になる。
今回取り上げるのは、キャバリアーズのビジュアルを大きく進化させ、現在のドリルデザインにも強い影響を残した、Steve Brubaker(スティーブ・ブルベイカー)。DCI公式の殿堂紹介と追悼記事、彼の作品を振り返る映像、そして本人がビジュアルデザインを語った1991年の映像をもとに、その数学的で音楽的なドリルを読み解いてみたい。
スティーブ・ブルベイカーとは?
スティーブ・ブルベイカーは、DCIのドリルデザイン史に大きな足跡を残したドリルデザイナー。1977年に故郷ペンシルベニア州のリーディング・バッカニアーズで活動を始め、翌年、仕事の異動でシカゴへ移ったことをきっかけに、キャバリア・キャデッツ、そしてキャバリアーズの指導に携わるようになった。
キャバリアーズでは1982年から1991年まで、全体または一部のビジュアルデザインを担当。スター・オブ・インディアナ、ブルーコーツ、スカイ・ライダーズ、ダッチボーイ、フロリダ・ウェーブなどでも活動し、1992年にはDCI殿堂入り(Hall of Fame)している。高速で万華鏡のように変化するフォームをキャバリアーズに定着させ、現在にもつながる「グリーン・マシーン」の視覚的な個性を築いた人物である。
複雑なドリルに明確な意図を持たせる
DCIの殿堂紹介では、ブルベイカーのデザインに対する考え方として「意図の明確さ」「理解しやすさ」「エンターテインメント」が挙げられている。彼のドリルは速く複雑に変化していくが、難しい動きを次々と見せること自体が目的だったわけではない。
どの形を見せたいのか。どこへ観客の目を導くのか。その動きが音楽の中でどのような役割を持つのか。複雑なドリルであっても、デザイナーの意図が明確なら、観客は形の変化を追い、そこに生まれる驚きや高揚を感じることができる。ブルベイカーが求めた「理解しやすさ」とは、ドリルを単純にすることではなく、複雑さの中に見るべきものを示すことだった。
数学的でありながら音楽的
ドリルデザイナーのピーター・ウェバーは、ブルベイカーのドリルについて、フォームが常に数学的に成立し、見た目はシンプルでも、詳しく見るほど複雑さと自然な流れに驚かされると語っている。幾何学的な部分にもモーツァルトのような性格があり、数学的に完璧でありながら叙情性を持っているとも評価している。
一人ひとりの位置、間隔、移動距離、カウントが正確に設計されているからこそ、大きな形が崩れることなく変化していく。1991年のDCI公式映像で、ブルベイカー本人は、ビジュアルデザインを音楽と完全に結びつけ、連続的かつ論理的に進行させながら、フィールド上のすべての要素を統合したいと語っている。その正確さを観客に計算として感じさせるのではなく、音楽のフレーズや呼吸として見せる。幾何学的なフォームが硬く止まらず、音楽とともに伸び、縮み、回転し、次の形へ流れていくところに、ブルベイカーのドリルの音楽性がある。
点と点の間に流れを創る
DCIの追悼記事では、ブルベイカーが「dot-to-dot system(ドット・トゥ・ドット・システム)」を高い次元へ引き上げるうえで重要な役割を果たしたと紹介されている。彼が重視したのは、完成したセットの美しさだけではなく、前の形がほどけ、次の形へ組み変わっていくトランジションそのものだった。
ジェフ・フィードラーは、ブルベイカーから音楽的なデザインとトランジションについて学んだと語っている。彼は、メンバーを次の位置へ移動させるだけでなく、その途中に生まれる交差や広がり、形の変化まで、音楽の流れと結びつけて設計していた。彼のドリルは、完成したセットだけでなく、そこへ至る過程そのものを見せている。
すべてのセクションをひとつのデザインへ
ブルベイカーが残した重要な功績のひとつが、カラーガードとパーカッションを、ショー全体のデザインへ自然に組み込んだこと。現在では広く行われているが、ブルベイカーは早い時期からこの考え方を実践していた。
カラーガードを周囲に配置するだけでなく、色彩や動きによってフォームの一部を担わせる。パーカッションも音楽と視覚をつなぐ存在としてステージングし、すべてのセクションをひとつの形と流れに統合することで、フィールド全体に一体感を生み出した。1991年のDCI公式映像では、ブラス、パーカッション、カラーガードがそれぞれの専門性を持ち寄る中で、ビジュアルデザイナーはすべての要素をひとつの作品へまとめる役割を担うと説明されている。
観客の感情までデザインする
ブルベイカーは、観客が何に心を動かされるのかを常に強く意識していた。1991年の映像では、その年のショー冒頭を例に挙げ、暗く不穏な雰囲気からクライマックスへ到達する感覚までを、最初の35秒でつくり出すことで、その後に観客が見聞きする世界を立ち上げると説明している。数学的に成立したフォームや高度なトランジションは、デザイナーの技術を見せるためだけにあるのではない。音楽の高まりを視覚として伝え、意外な変化で観客を驚かせ、ショーを観たあとに強い印象を残すために使われている。
明確な意図があり、観客が理解でき、エンターテインメントとして届くこと。ドリルの完成度だけでなく、それを見た観客が何を感じるのかまで考える。ブルベイカーにとってドリルデザインとは、フィールド上の形や動きだけでなく、観客の視線と感情までを設計することだった。
次の世代へ受け継がれたもの
ブルベイカーは1991年に病に倒れたが、翌1992年、キャバリアーズが初めてDCIワールドチャンピオンシップを制した姿を見届けている。車椅子で会場を訪れ、ファイナルのフィナーレではコーとともにフィールドに姿を見せた。1993年1月に亡くなったが、彼のもとで学んだドリルデザイナーたちが、その考え方を次の時代へ受け継いでいった。
その代表的なひとりが、後に2000年代のキャバリアーズのビジュアルを支えるマイケル・ゲインズ。ブルベイカーが残したのは、有名なフォームやひとつの技法だけではない。数学的な正確さと自然な流れを両立させ、音楽とすべてのセクションをひとつに結びつけ、観客の感情へ届ける。その考え方は、現在のドリルデザインにもつながっている。
ドリルデザインの本質とは?
ブルベイカーのドリルは、数学的でありながら音楽的だった。正確でありながら自然に流れ、複雑でありながら意図が明確で、幾何学的でありながら観客の感情を動かす。
ドリルデザインとは、フィールド上に美しい形を描くことだけではない。音楽の構造、メンバーの動き、各セクションの役割、トランジション、そして観客が受け取る感情までを、ひとつの作品として創り上げること。スティーブ・ブルベイカーが残したドリルデザインからは、その本質が見えてくる。
by ボビー大槻(Bobby Ohtsuki)
※本記事は、DCI公式「Steve Brubaker – DCI Hall of Fame」「Remembering Steve Brubaker」およびDCI公式動画「A visual tribute to Steve Brubaker」「Inside the world of drum corps visual design | 1991」を参考にしています。
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